*性暴力やトランスジェンダーへの差別に関する内容を含みます。閲覧してしんどくなる方もおられるかもしれませんのでご留意ください。
❷性犯罪をしても「自分は女」と自称すれば逮捕できないのか、弁護士に聞いてみた
女子トイレや女風呂に入って犯罪をする人たちが「自分は女」と自称すれば逮捕されなくなるのか心配する声をSNS上でよく見かけます。弁護士の仲岡しゅんさんに法律の運用を聞いてみました。

仲岡しゅん(なかおかしゅん)
大阪弁護士会に所属する弁護士。民事・刑事問わず幅広い法分野に対応し、とりわけ性暴力被害者やLGBT当事者からの相談が多い。うるわ総合法律事務所。
編集部:仲岡さん、痴漢目的で女性用トイレに侵入する男性って怖いですよね。そういう男性が「自分はトランス女性だ」と言いさえすれば、罪に問われなくなるのですか?
仲岡さん:痴漢はトランスかどうかはもちろんのこと、そもそも性別にかかわりなく成立します。「自分はトランス女性だ」と主張したからといって刑事裁判で無罪になるわけではありません。当たり前ですが、痴漢目的で女性用トイレに侵入するのは、建造物侵入罪にあたる行為です。
編集部:どんな性別の人でも痴漢をしてたら罪に問われるということなんですね。でも、今の日本だと、法的に男性だったら男性トイレ、女性だったら女性トイレを使わないといけない決まりなんじゃないですか?法的な男性が女性トイレを使ったら、たとえ痴漢行為をしてなくても犯罪になるんじゃないでしょうか。
仲岡さん:まず前提として、戸籍上の性別通りのトイレを使わなければならないという法令は日本にはありません。性別移行段階の進んだトランス当事者の中には、むしろ戸籍上の性別にしたがったトイレを使うと社会的に混乱をきたすことがありますよね。そういった当事者が戸籍上の性別とは異なるトイレを使ったからといって、そのこと自体が違法な行為にあたるわけではありません。もっとも、合理的な必要性もないのに戸籍上の性別や社会生活上の性別とは異なるトイレに入った場合、何らかの違法な目的での侵入と疑われる可能性があるわけで、だからこそ皆、戸籍上の性別ないしは社会生活上の性別に見合ったトイレを使っているわけです。
編集部:たしかにトランス男性で見た目がおっちゃんになってるのに戸籍上は女である人が、女子トイレを使おうとしたら明らかに混乱を招きますもんね・・・。トランス女性で、男子トイレを使ったら「ここはキミがくる場所じゃない」って怒られたって話も聞いたことがあります
仲岡さん:そういうのはトランス当事者の間では「あるある」の話です。ですから、戸籍上の性別だけに従ったトイレを必ず使えというのは、非現実的な話なんですよ。逆に、トランス当事者が本人の社会生活上の移行段階に合わないトイレを使った場合、それがたとえ違法な目的によるものでなくとも、実際問題として、注意されたり混乱が生じる可能性はあります。ですから、たいていのトランス当事者の側としては、そのようなリスクを踏まえた上で、自分の状況に応じて日々行動しているということです。
編集部:「トランスジェンダーはみんなこのトイレを使おう」と一括りにできるわけではなく、当事者の状況によって人それぞれということなんですね。
仲岡さん:トランス当事者が戸籍上の性別と異なるトイレを問題なく使えるかどうかは、結局、当人の移行段階によるとしか言いようがないものです。要するに本人の状況やその施設の性質などによってケースバイケースです。トランスジェンダー や性同一性障害の人たちは、社会実態として、これまでもずっと存在してきたわけで、警察もそのくらいのことは前から把握していますから、個別具体的なケースに応じて対応しているようです。そしてトランス当事者の側も、自身の状況についてはよく理解すべきですね。世間では誤解されがちですが、トランスというのは「移行」していくもので、「自称」だけですべての場において通るようなものではありませんから。
編集部:通報についてはどうでしょう。「トランスジェンダーの権利を認めると通報することも差別になる。だから法律などでトランスジェンダーの権利を認めることには慎重になるべきだ」という意見もあります。
仲岡さん:当たり前のことですが、痴漢と思われる不審者を通報したからといって、差別にあたるものでもありません。 もっとも、不審者でないことが明らかに分かっているのに、殊更に嫌がらせ目的で通報して回るような特殊なケースは別ですが。また、警察官などの捜査機関も、不審者に対しては、立ち入りの目的や態様など、それが犯罪行為にあたるかどうかを警察署などで詳しく取り調べるわけで「トランス女性だ」と言いさえすれば簡単に見逃してくれるような単純なものではありません。いわゆるLGBT法などが成立したからといって警察の取調べや刑事手続きの運用が変わるとは思えません。そもそもLGBT法は刑事法ではありませんし、案文を見ても、そんなことはどこにも書かれていません。刑事手続の運用とは無関係です。
編集部:よくわかりました。仲岡さん、ありがとうございました!
結論としては「刑事法の運用は変わらない」ということでした。