このインタビューではトランスジェンダーが安心して家を探せるようサポートしている株式会社IRISの斉藤亜美さんに、どのような課題があるのかインタビューしてみました。

斉藤亜美さん
株式会社IRIS主任。自身もトランス女性であることをオープンにして勤務している。
編集部:斉藤さん、今日はよろしくお願いします。家を探すときに困りごとを経験するトランスジェンダーの人は多いのでしょうか?
斎藤さん:いくつかの調査で、不動産を探す際にLGBTの人が困りごとを感じやすいことがわかっています。SUUMO「LGBTの住まい・暮らし実態調査2018」では賃貸の部屋探しや住宅購入のための物件探しでLGBTの1/3が居心地の悪さを経験しています。 株式会社IRISが2022年に実施した調査では、LGBTs当事者が家探しの際に、実際に課題を体験した割合はトランス女性が16%、トランス男性が11%と高い割合であることがわかりました。シスジェンダー女性では2%だったので、比較するとずいぶん高いと言えます。LGBTと一括りで語られがちですが、シスジェンダーのLGBとトランスジェンダーでは、また異なる困り感があることと考えられます。
編集部:実際に当事者からはどのような相談を受けていますか?
斉藤さん:トランスジェンダーの場合、移行の時期によって課題感が変わってくるように感じます。移行初期だと見た目がこれから変わっていくわけです。それを受け入れる大家を探したほうがいいのか。人によってはご近所さんの目も気になるので、大きめのマンションで不特定多数の出入りがあるところを希望される場合もあります。管理会社や大家さんにどこまでカミングアウトするのかや、シェアハウスに住む場合には周囲にどう話したらいいのか相談を受けることもあります。
弊社ではLGBTsのお客様全般から問い合わせをいただいていますが、シスジェンダーのLGBの場合には駅前の不動産でいったん部屋探しをした後に弊社に来る場合が多いのに対して、トランスジェンダーの場合には初めからHPを検索して「見た目が変わっていっても大丈夫な物件はありますか」と最初の相談でお話される場合が多いですね。
性別移行が進んでいる場合でも、家を借りる際、書類に性別欄がある場合は(※)、外見と書類上の性別のギャップが生じるので、そこでカミングアウトになってしまうという問題があります。私も当事者なので経験したことがありますが、身分証を出すタイミングでトランスジェンダーであると知られてしまうので、そこで拒絶されたらと思うと不安になりますね。書類のやりとりを考えるだけで億劫になって、トランスジェンダーであることで否定されない不動産会社に相談したい、出来るだけ事前に調べて石橋を叩いて渡るように進めたいと考える気持ちはわかります。
(※)家を借りる際の書類に性別欄は本来必要ないので、性別を書かなくても物件を探せる場合もあります。
編集部:管理会社や大家さんの反応はいかがでしょう
斉藤さん:家賃さえ払ってくれたら性別のことは拘らない、というスタンスの方もいれば、ぜひLGBTの方も積極的に借りてくださいというスタンスの方もいます。借りる当事者の側も「どれくらい事情を理解してくれているかは拘らない。家を貸してくれるならそれで良い」という方もいれば「自分のことをある程度理解してくれる大家さんが良い」という希望を持つ方もおられるので、弊社ではそれぞれの状況に応じてマッチングを行っています。
編集部:家探しの段階で不利になる場合があるのでしょうか
斉藤さん:周辺とトラブルになるのではと偏見を持たれる場合があります。また、トランスジェンダーの中には外見で差別されるなど仕事がなかなか見つからない、定職に就けない方も現状いらっしゃるので、そのことで不利になる場合があります。トランスジェンダーだから家を貸さないとダイレクトに言われるわけではないけれども、家賃が払えるかどうかわからないと言われてしまう場合です(トランスジェンダーの就労状況はどうなっているか)。あとは職業によって断られる場合もあります。夜の仕事についていると、大家さんによってはバイアスがかかってしまいます。
編集部:誰かと一緒に暮らす場合はどうでしょうか
斉藤さん:トランスジェンダーであることを説明して自分で探すのが億劫になるので、パートナー名義で借りた物件に大家の了承を経て一緒に暮らしているなどの場合が多いですね。あとは実家で暮らしている場合も多いです。これから手術する当事者の場合には手術代を貯金しなくてはならず、誰かと暮らしていく場合が多いのではないかと思います。シェアハウスで、トランスジェンダーの人が暮らしやすい物件を紹介した事例もあります。
編集部:今後、不動産業界に期待していることはありますか
斉藤さん:現在、IRISでは1都3県の首都圏で活動しています。提携会社があって、大阪や名古屋、福岡など主要都市でご紹介できる物件もあります。今後もっと規模を拡大したいと思いつつ、一方ではIRISがなくても住むような社会を目指したいと思っています。
性別移行の過程では、移行先の性別で働ける職場を探したり、手術に伴い退職したりと職場が変わる当事者は多いです。仕事が変わることで、住む場所が変わることもあります。このようなときに、トランスジェンダーの人たちが安心して家を探せる環境がもっと整えられたらと思います。LGBTについて世間の認知は広まったかもしれませんが、理解が広まっているとはまだまだ言えないですね。トランスジェンダーのお客さんだと紹介しているのに、マツコ・デラックスさんのような方をイメージされる大家さんもいらっしゃいます。
私たちも大家さん、不動産会社などに研修を行っていますが、今後も「衣食住」の柱のひとつである「住」の部分で、しっかり理解を広めていきたいですね。
編集部:斎藤さん、ありがとうございました!
